わたしのヒストリー 宮城 道子さん

私のヒストリー

宮城 道子さん(91歳) デイサービス利用者

子育ての人生

 夫のお父さんは早くに亡くなり母子家庭だったので苦労も多かったです。夫のきょうだいもまだ幼く、親代わりとなって一緒に生活しました。夫の弟が亡くなり、その子供を引き取り自分の子供を含めて11名の子供たちを高校卒業させました。自分は学校を出ていないので、子供達にはきちんと卒業してほしかった。子育ての人生でした。

いろいろな人との交流

いろいろな人との交流

色々な人との交流

 人が好きで、サイクリングで沖縄旅行をして辺戸岬を目指している東京の女の子と出会い、家に泊まらせ、出発させ帰りはまた一泊させて帰しました。海邦国体では民泊をして京都伏見高校漕艇部が宿泊しました。そのつながりで県外から来てくださる方が多くいました。今でも先生や生徒さんとの交流は続いています。民生委員、農協婦人部、生活改善グループなどいろいろな組織活動も活発にやりました。

テレビ出演

沖縄の宣伝のため、テレビ出演しました。

 班の人達ともあいをして積み立て、2年に1回旅行をしました。先輩たちが年を取ってテレビで行った先の土地が出ると喜んでいる姿を見て、よかったなあと思いました。
 テレビ出演もやりました。塩屋を案内し、またその土地に呼ばれて話をしたりと活発に講演活動もしました。

愛車ダットサン

愛車ダットサンで人やパインを運びました。

農業と組織活動

車の免許は50歳手前でとりました。開墾の畑に行くのに運転免許が必要でした。ダットサンを運転して畑に行く人を乗せたりパインを運びました。米も作り、子供たちにも手伝いさせ米は買ったことがありませんでした。
 毎日畑だけでは面白くないので、午前中は畑をして畑の近くの親戚の家でお風呂に入り着替えて午後から会合に行き、終わってまた作業着に着替えて家に帰ったこともありました。姑は見て見ぬふりをしてくれました。当時は女性や嫁が外に出て活動することをよく思わない時代でした。

楽しい思い出ばかり

 今は、こうしておけばよかったと思うこともあるが一生懸命やってきたので自分によく頑張ったねといい、また健康に過ごせていることは祖先に感謝しています。若い人たちに言いたいことは、自分の経験したことは自信をもって人に話せるし、年取って自分が頑張ってきたことが思い出になり財産になりますよ。
 寂しいときには、これまで出会った人を思い出して、そしてまた会えることもあると思うその時を楽しみにしています。

本人、娘(万紀子)さんに聞き書き

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