わたしのヒストリー デイサービス利用者 

私のヒストリー

デイサービス利用者 親泊トミさん(98歳)

 生まれは那覇の垣花です。大阪で沖縄出身のお父さん(夫)と出会いました。結婚して息子ができました。
その後、お父さんのふるさとの東村に帰ってきました。その子がまだ、タンカー(一歳)ならないころにマラリアで亡くなりました。せっかく連れて帰ってきたのに悲しかったです。その後、子供たちが次々にできました。

 私は農業したことなかったがお父さんが病弱だったので、仕方がなく畑仕事をしました。田植えでは苗が足りなくて他の方の余った苗をもらいに行って植え付けをしなければならないことがつらかったです。

 お父さんの両親や妹たちも一緒に住んでいたので大家族でした。義父は大工だったので、生活を支えてくれて、お父さんは区長や売店の主任をしていました。私が畑に出ていました。四十代の頃にパイン畑でハブに二回噛まれました。消毒すればハブはいなくなったはずだが、人を頼んでまではできなかった。生活するので精いっぱいで余裕はなかったです。

 家族がそろって、満月の夜は外に出て月を眺めるのが楽しかったです。那覇の親もこちらの事情はよくわかっていたので、なかなか会えなかったですが那覇に帰りたいと思ったことはなかったです。今は長男夫婦と一緒に暮らせて何の不自由もなく幸せです。見晴らしがよく空気の良い東村でよかったです。

 実家は那覇で海人でしたので魚を小さいころからよく食べました。そのためか九十五歳まで何の薬も飲んでなく病気らしい病気もしたことが無かったです。今はデイサービやふれあいサロンが楽しみです。八十五歳の時に孫の卒業式でアメリカ旅行に行きました。埼玉に娘がいるので今年も家族で会いに行きました。
とても幸せです。~本人・娘さんに聞き取り~

わたしのヒストリー

今年も東京へ行きました

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